1周廻ってコダワリ目線

ある意味、逆にピンポン。

LP盤に刻まれる職人の証

超豪華な店頭用サンプルLP 

 さて、今回はマニアックな話。

 1980年代のCBSソニーでは拡売用のサンプル盤を作ってレコード店に配っていた。写真のサンプル盤は1982年に配られた2枚組からなる豪華な「CBSソニーベストセラーアルバム」。

さすが世界のSONY傘下のレコード会社だけあって、この辺りの物量投下は贅沢だったと思う。

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サイケなジャケットに写ってるミキサー卓はNEVEだと思われ、PCもない時代写真を切り抜いたりコラージュしたりして、それなりに手の混んだジャケットだ。

小さくArt Directionやカメラマンの名前がクレジットされている。

マスタリングもプレスもジャケットも全部オリジナル(のはず)

もちろん非売品用 このためだけに作られたものだ。

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収録アーティストはブルース・スプリングスティーンビリー・ジョエル、ボズ・スギャッグス、アース・ウインド&ファイヤーバーブラ・ストライサンドELOオリビア・ニュートン・ジョン、マンハッタンズ・・・

バイトも1年ほど前の非売品をちゃっかりもらって帰ってきていた。

アナログ時代ならではのマニアックな愉しみ方

マニアな楽しみ方をかじってるバイトは、大喜びで収録されてる曲のうちで、オリジナルのアルバムに入ってる曲と「CBSソニーベストセラーアルバム」に収録されている同じ曲を聴き比べてはニヤニヤしていた。何故ニヤついたかというと、こういうお得レコードをもらって嬉しいという事もあるが、もっとマニアックな理由があった。

この理由を言っても当時も・今も、共感してくれる人は居ないと思う、知らんけど。

 

バイトのニヤつきは、カッティングというアナログ特有の作業で生じる微細な音の差を聴きとろうとしていて、こんな事してるアホは居ないだろうなと思ってたから。

 前にも音のいいレコードとは で書いたけど、オーディオマニアが喜ぶレコードはファーストプレスに近いプロモ盤。盤の溝が深くて角もバリッとしてるから(ホンマか?)。その上、このようなオムニバス盤は絶対にオリジナルとは違うカッティング・エンジニアが担当していて、全く新しいEQでカッティングされてるはずなので、オリジナルと聴き比べられるという超マニアックな楽しみにふける嫌なヤツ。

それも音の良さで評判のボズ・スキャッグスビリー・ジョエルの曲が入っているからなおさらだ。

ビリー・ジョエルのプロデューサーだったフィル・ラモーンは、音にはうるさかったという逸話がイッパイある人。プロデューサー兼エンジニアでもあったので、Hi-Fiなすごく抜けのいい音に拘り、新技術も積極的に取り入れていた。

*「フラッシュダンス」のサントラ盤の帯にもフィル・ラモーンの名前が書いてあった

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だからCBSソニーが世界で最初に発売したCDは、フィル・ラモーンの強い希望でビリー・ジョエルの 「ニューヨーク52番街」が選ばれたし、邦楽のCDの最初のタイトルも大瀧詠一さんの希望もあってA LONG VACATIONになったと言われてる。

LPに刻まれる職人の証。

CDが発売になりデジタルの時代になるとカッティングはマスタリングという作業に変わった

アナログ時代はカッティングの作業で、最終的な音質が決まった時代。カッティングの作業は顕微鏡を覗き、音溝の幅を確認しながら「切られた」ラッカー盤からメタルマスター  メタルマザーを経てスタンパー(ハンコ)が作られ、スタンパーの凸を温めた樹脂(LPのもとになる素材)にプレスして凹の製品=LPが作られる。

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このスタンパーはずっと使えるわけではなく、何万枚かプレスすると取り替えることになるので、メタルマザーを基に数枚のスタンパーを作りLPは量産されていく。

発売される国が変われば、元テープからその工場毎にカッティングしてスタンパーを作っていくので、日本盤とかUSA盤とかと言われるのはこういった事情によってだ。

モノによってはカッティング・エンジニアの担当がわかるように、盤に刻まれている記号によって判別していて、センターラベルの外側(音の入っていない所、一般的にラインアウトと呼ばれる場所)に刻まれていることが多い。

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こんなところを注意してみたことあります?

ビリー・ジョエルは品番のあとにA2、大瀧さんは品番のあとにB1。

ちなみに店頭用のアルバムはコチラ↓

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この辺りのことを纏めた超マニア本「日本版60年代ロックLP図鑑 洋楽編」というのも出版されていた(今は絶版)

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アルバムの価値まで変えるカッティング職人

アナログ盤はカッティングするエンジニアによって、音だけでなく一部マニアには“価値”も全然違う”という困った事がおきてしまいがち。名うてのスタジオ・ミュージシャンが存在するように、カッティング界にもスター・エンジニアが存在する。

ニューヨーク52番街」のアルバムには、Mastering at Stering Sound,New York by Ted Jensenとクレジットされている。マスタリング界では世界No.1とも称されるスターリンサウンドのテッド・ジェンセンが担当している。

この辺りのカッティングやマスタリングについては奥が深いので、またの機会に。

 

こんな変な聴き方をしていたので、このオムニバス盤へのバイトの興味は、曲を楽しむというよりも音質を比べるという事だけに向かってた。

ただ、こんなマニアックな楽しみは誰とも共有できず、1周どころか何周廻ってもこんなコダワリは伝わらないだろうし、もうその聴き比べを愉しむ気もおきないが、そんな人達も存在するということで。

と思ってたら、近年SONYが国内のアナログ・プレスを再開したというニュースがあり、ネットでもカッティングの話題が取りだたされるようになったのは、個人的には何だか喜ばしいことではある。

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