1周廻ってコダワリ目線

ある意味、逆にピンポン。

趣味とは、手段が目的化すること。らしい・・・、知らんけど。

 趣味と言えるほどのものではないけど、昔からオーディオは好き。

オーディオは好きは遺伝かな、オヤジも好きだったから。

 高校2年生の頃には好きが講じて、日本橋のニノミヤ無線オーディオ館でLUXMANのヘルパー・スタッフとして週末にアルバイトしていた。記憶は曖昧だが、千里にあったLUXMANの会社のラウンジのようなところで面接してもらった気がする。おぼろげな記憶だがオシャレなところだった映像がうっすら思い出される。

 その高校生はヘルパーのくせに、ろくにLUXMANの商品なんて売りもせず、好き勝手に自分が好きなアンプやスピーカー、プレーヤーやカートリッジについて、店にやって来るお客さんにありったけの知識をひけらかし、ペラペ〜ラとセールストークをしていた。そんな生意気な若造ののたまう機器についてのコメントを、当時の大人が怒りもせずによく聞いてくれたもんだ。なかには何回も通って時には何十万もするアンプやスピーカーを買ってくれた人もいた。

 

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 先日新聞に「手段が目的化することを趣味という」ーーー。

オーディオ評論家の長岡鉄男さんが残した名言だ、という記事が載っていた。

 音楽を聴く手段の筈のオーディオ機器。それがいつの間にか音楽がオーディオ機器を聞く手段になっていく。だから機器の細かい違いが分かる「録音が良いレコード」を買い求めるようになる。これを世間では本末転倒と言うが、音楽を聴く楽しみとオーディオ機器を聞く楽しみはどこが違うのだろうか。

僕は、楽しむことが「目的」で、音楽もオーディオ機器もそのための「手段」なのだと思う。

 最終的には聞かずに、入手が難しいオーディオ機器を手に入れる事が目的となる場合もある。これはカメラやクルマの世界でも同じことが言えるのかも知れない。

 

 音楽を聴く目的とは何か。特に音楽が無くても日常生活に支障は無いのだろう。オーディオ好きは「音楽」ではなく「音」を聞いているのかも・・・。この機材に変えると、スネアドラムの革が戻る音がチャンと聞こえるとか、ベースの弦を弓で弾いている時の弦の擦れる音が生々しいとか・・・

>音でもいいのですよ、それがあなたの心をくすぐる音ならば。いい音か良くない音かでなく、音も一つの言語で良い演奏は音で話しかけてくるので、それを感じ取れれば立派に音楽を聴いていることだと思いますよ。

普通にレコードから「音楽」を聴いているつもりでも、機材によっては隠れてしまう音が有ると言いたかったのです。

 

 このような「小さな音」は、聴き流していると聞こえない事が多く、この「音」だけを聞き逃すまいとして聞いていると、結局は「音楽」は聴いていないんですよ。

(単に聞こえる、聞こえないってだけなんですけど。それで、その音が聞こえたからといって「音楽のイメージが変わる」ってわけでもなく・・・)

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>料理の味のなかから、一つの素材だけ、一つのスパイスの味だけを味わう食べ方ってあるでしょうか。勿論、料理評論家、素材マニア、スパイスマニアも居るとは思いますが。

 「聞こえているけど気が付かない隠し味になってる音」も作品の中には多く存在すると思う。大瀧詠一さんの曲はこんな仕掛けがイッパイあるんだと生前ご本人がラジオの番組で話されていた。

 

そんな話は、また別の機会で。