1周廻ってコダワリ目線

ある意味、逆にピンポン。

2021年4月4日 今朝の1枚

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4月に入り新年度がスタート。

私はというと長年の管理職から けっこう自由な身分になり 残り少ない社会人人生をどう過ごそうか模索し始めたところ。

やりたいことを、必死に模索していた20代後半。

そんな気分中で、何かやりたいことを必死に模索していた20代後半の頃に出会ったアルバムが

 United Future Organization『JAZZIN’』

ジャジング

ジャジング

 

東京に転勤して3~4年経ち、ラジオ局に行き皿を回してもらい(押曲をかけてもらう)何回廻してもらえたか。ゲスト枠を何番組獲ってきたかという数字を問われる日々だった。

想像していた仕事でもないし、楽しくもない日々が続いていた。

大学を卒業する頃から始まったバブル景気が最高潮に差し掛かった1989年。

ディスコではなく芝浦に倉庫を改造して造られた「クラブ」の元祖とも言えるゴールドがオープンした。当時の記事によると1Fがエントランス、2~4Fがダンスフロア。5Fがバーで7Fがレストランとなっていてビル全体で遊べ、ダンスフロアで流れるハウス・サウンドもかっこよく、音質も良かった記憶がある。

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入り口で服装チェックで差別される有名ディスコを嫌った、カッコ良い人・時代の最先端を言ってる人たちが集まってるようで、2~3度訪れたが、日本に居て世界の最先端的なシーンを体感しているように感じた。

踊るジャズ、いわゆるアシッドジャズとの出会い。

その頃に出会ったのが“踊るジャズ=クラブ・ジャズ”いわゆるアシッドジャズだった。おぼろげに、こういう音楽を仕事で扱えるような仕事がいいな~と思いながらも、手がかりもないまま日々が過ぎていく。

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91年に西麻布にYELLOWというクラブがオープン。

この頃になると、ニューミュージックをプロモーションしてる場合じゃない。クラブ・ジャズをやりたいと思い、YELLOWでイベントをしていたU.F.O(United Future Organization)を観に行った。矢部直、ラファエルセバーグ、松浦俊夫という三人のDJからなるユニットで、日本のクラブシーンにジャズを持ち込んだパイオニア的存在。

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このシーンが好きな同僚と一緒に彼らにアポを取り、一緒にやりたいと話をしに行った。テーブルの上で足を組まれて話を聞かれ、けんもほろろにあしらわれた(そりゃそうだ)。

ワールドワイドで評価をされつつあった彼らは、ドメスティック市場でニューミュージックしかレパートリーのないA&Rの会社を選ぶはずもなかったが、その頃はとにかく新しいことがしたかった。

無茶を承知で話に行った我々に、予想外にも京都にMONDO GROSSOというバンドが居るから彼らのところへ行ったら!? という情報をくれた。その後彼らにアポを取り京都のメトロというクラブに行き彼らはその後デビューに向けて行動をともにすることになっていく。

(この辺りのことはまたの機会に)

 

彼らの代表曲「Loud Minority」

初めてこの曲を聴いたときに電気が流れ、PVを観た時は衝撃が走ったいまでもテンションを上げたいときには聴いたりする。

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話に行ったときに矢部氏がフロッピーディスクの塊を持ちながら、「この中にレコードからカッコいいと思うフレーズを凄い数入れてあり、このデータを再構築してドンドン曲を作っていきますよ。今でも毎日数十枚のレコードを聴きながら溜め続けてるんで」と語ってた。

今までの音楽感がガラッと変わる瞬間を見た気がした。

彼らはDJなので、楽器を演奏しない。レコードからおいしいフレーズを流用(サンプリング)し、それを再構築して新たな楽曲を製作。

各曲のイイトコ取りで、作られている。

それまでのジャズファンやジャズ評論家には理解し難い行為だったけど、間違いなく、これが90年代以降のジャズの表現方法の一つになり、いまでは世界で最も人気のある音楽ジャンル(HipHop~クラブミュージック)の重要な手法の一つ。

「Loud Minority」サンプリングのデータ

イントロ部分はミシェル・ルグランの「LA PASIONARIA」

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ホーンアンサンブルのカッコよさは筆舌に尽くしがたい。

 

トランペット部分はアートブレイキーの「Night in Tunisia」のタイトル曲からリー・モーガンのトランペット・ソロブレイク部分もサンプリング(9′02″~)

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パーカッションのリズムはモンゴサンタマリアの「Dirty Willie」から

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この頃サンプリングは賛否があって、パクリだとか再構築で新しい価値を見出すとかリスペクトとかオマージュなんていう便利な言葉もよく使われた。

フレーズを生み出す演奏のセンスではなく、フレーズを組み合わせるチョイスのセンス。

1993年にはブルーノートの音源を自由にサンプリングすることを公式に認められ、「ヒップ・ホップ・ジャズ」というジャンルを確立させたグループが「Us3」。イギリスのDJ、ジェフ・ウィルキンソンとエンジニアのメル・シンプソンによって創設されたジャズ・ラップ・グループ

彼らのファーストアルバム『Hand on the Torch』(和訳“伝統を後世に伝える”)

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このアルバムの1曲目がCantaloop (Flip Fantasia)」

ハービー・ハンコックのアルバム『Empyrean Isles』『Cantaloupe Island』をサンプルした超有名曲でクラブジャズを聴かない人でも、この曲は聴いたことあるんじゃないか。

クラブジャズの歴史を切り開いたとも言える世界的大ヒット・アルバムだが、この曲以外はパッとしない残念なアルバムではある。

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